在宅医療の多様性
一口に在宅医療と言っても、取り組み方は医療機関によってさまざまだ。
多数の医師、スタッフを抱える在宅医療特化型のクリニックもあれば、地域の身近なかかりつけ医として、外来と両立させている診療所もある。
今回、取材した2つの医療機関は、その診療スタイルは大きく異なる。ただ、どちらが望ましいか、優れているかという議論は無意味だろう。
ともに地域から寄せられる信頼は大きく、「患者さん、家族、そして地域のために」という根底にある思いは共通しているからだ。
機能強化型在宅療養支援診療所
(単独型)医療法人社団CMC
コールメディカルクリニック広島
コールメディカルクリニック広島
- 開 設 年
- 2005年
- 所 在 地
- 広島市西区古田台2-12-9
- 医 師
- 9名(常勤4名、非常勤5名)
- 看 護 師
- 6名
- セラピスト
- 9名
- 事 務
- 4名
- 在宅患者数
- 約280名
医療・看護・リハが協働し、
生きることを支える医療・介護を展開
居宅、重症患者を多く抱える名実伴った
『在宅医療専門の医療機関』
広島市西区、市内および瀬戸内海を一望できる高台にあるコールメディカルクリニック広島。2014年5月に他界した岡林清司前理事長が、2005年に設立した在宅医療に特化したクリニックである。
岡林前理事長は20年以上に渡り、救急医としてキャリアを重ねてきた。多くの患者さんの命を救うことにやりがいを感じる一方で、退院後の療養生活を支える地域の医療資源が乏しいことに歯がゆさを拭えなかったという。救急という入口は多くあるが、その出口は少ない。ならば自分が出口をつくればいい。在宅医として地域で患者に寄り添い、生きることを支える医療に専念する。そんな岡林前理事長の思いがかたちとなったのが同クリニックだ。現在は、前理事長とともに救急医として働いた過去を持ち、思いを同じくする藤岡泰博先生が、理事長職を引き継いでいる。
医師9名、看護師6名、セラピスト9名(理学療法士4名、作業療法士2名、言語聴覚士3名)、事務4名、併設されたデイケア(通所リハビリセンター「コールの丘」)や厨房のスタッフ11名を加えると、法人の医師・スタッフは総勢39名を数える(写真1)。
単独型の機能強化型在宅療養支援診療所であり、夜間および休日は医師と看護師がペアを組み、交代制で緊急往診などの対応に当たる。図に示す直近1年の患者動態は、2016年の診療報酬改定で新設された『在宅医療専門の医療機関』の施設基準も満たす注)。要介護度の高い慢性期疾患や末期がん、人工呼吸器の使用や気管切開の管理などを必要とする重症患者を多く抱えているのが、同クリニックの最大の特徴だ。
注)2016年は経過措置期間であり、2017年3月に直近1年の診療実績を元にあらためて届出を行うことになる
図 直近1年の患者動態
(2015年3月〜2016年2月)
患者数:280名(居宅260名、施設20名)
医学総合管理料における
別に定める状態:100名
要介護3以上:約64%
看取り数:70名/年
紹介元:病院48%、ケアマネジャー43%
写真1 朝のカンファレンス
重症患者の在宅医療患者さんや
家族との会話を重視
重症患者の在宅医療では、幅広い医療スキルや臨機応変な対応力が求められる。それが備わっていることを前提に、藤岡先生が「最も大切」と言い切るのが、患者さんや家族との会話だ。
「私たちの最大の目的は、患者さんや介護家族が、いきいきと幸せな生活を過ごせるよう支えていくこと。たとえば独居や老老介護のケースだと、他人と話をする機会も限られてきます。身体的な治療だけすればよいわけではなく、話し相手になることもまた、重要なのです」会話を楽しみ、気持ちに弾みがつけば、患者さんや家族が日々をいきいきと過ごすエネルギーにもなる。ただし、「どのように、どのような会話をするかは、患者さんによって異なります」と藤岡先生は続ける。
「療養期間が長い難病患者の場合、その方の人生をいかに豊かにできるかというところに主眼を置き、療養のあり方を提案していかなければなりません。疾患や治療の話も大切ですが、それとは無関係のとりとめのない日常会話から、そのためのヒントが得られることもよくあります」
では、慢性期疾患に比べ、療養期間が短い末期がん患者の場合はどうか。
「状態が目まぐるしく変化するため、今後どのような症状が出現するかなど、ある程度、先を見越した話をしなければなりません。ただし、話すことがかえって本人や介護者のストレス、不安を増大させてしまうこともあるので、どんな話をどのタイミングでするかという見極めが重要になってきます。
すべてをあからさまにすることが、逆効果になってしまうケースもありますからね」
訪問医療の風景
医師や看護師は、自らの職務に
専念クリニック経営の基本は“医経分離”
同クリニックの特徴は、重症患者への対応だけではない。経営や組織運営の陣頭指揮を執るのは、医師である理事長ではなく事務長。
“医経分離”を経営の根本理念とする。
「トップである理事長は医師として、生きることを支える医療に専念する。経営のことはすべて事務長に任せる。それが岡林前理事長の方針でした」
こう話すのは、開業前から岡林前理事長の右腕として経営面を支えてきた小玉直人事務長だ。同クリニックでは総務、財務、経営企画、労務、経理、人事、さらには広報を含めた地域での営業活動など、医療と介護の実務以外はすべて、小玉さんをはじめ事務の役割である。医師や看護師ら各専門職は、各々の仕事に集中することができ、そうした就労環境が「より良い在宅医療・介護の実現につながる」というのが岡林前理事長と小玉さんの考えだ。
療養生活を豊かにする上で
リハビリテーションは欠かせない
先に紹介したように、同クリニックには多数のセラピストが在籍し、デイケアも併設する(写真2、3)。自前で人員や設備を整えて訪問・通所リハビリテーション(以下、リハビリ)を行う在宅クリニックはそう多くはないが、小玉さんは次のように語る。
「医師や看護師だけだと、どうしても医療に寄り過ぎてしまう懸念があります。そういった意味では、違う角度からの観察やアプローチが重要であり、身体機能の維持・改善や環境調整を専門とするセラピストの介入は、療養生活を豊かにする上で欠かせないと考えています」
同クリニックによるリハビリは、介護報酬の社会参加支援加算の算定対象となるような、社会復帰を目的としたものは少ない。生活支援のリハビリが大半を占め、それゆえ「どうすればその方の生活が豊かになるか」という視点からの目標設定が重要になる。小玉さんは言う。「たとえばマツダスタジアムでのプロ野球観戦を企画し、その参加を目的にリハビリを行ってもらいます。単なる身体機能の改善を目標とした画一的プログラムに沿ったリハビリでは、患者さんのモチベーションは保てませんし、生活も豊かになりません」プロ野球が好きで、広島東洋カープのファンの人であれば、リハビリに勤しむことで充実した日々を送れるだろうし、観戦が実現した時の感慨もひとしおだろう。実際に、末期がんで死期が迫る中でも意欲的にリハビリを継続し、観戦した数日後に逝去された患者さんもいたそうだ。
このようなリハビリは、自前でセラピストを雇わずとも、外部の訪問看護ステーションと連携して提供することも可能だ。だが、藤岡先生は「自クリニックで提供するからこそ得られるメリットがあります」と強調する。「セラピストからは、リハビリ後の患者さんの最新情報がフィードバックされます。中には医療上重要な情報もあり、それについてすぐにディスカッションし、速やかに適切な医療対応に結びつけることもできるわけです」セラピストにとっても、常に医師に相談できる環境は心強いようだ。「医療サイドと密接に連携しているから、“攻めのリハビリ”もできる、とのことです」(小玉さん)。
写真2 セラピストによる意見交換
写真3 通所デイケア「コールの丘」
努力すべきことはまだある地域に
これまで以上の貢献を
開設後しばらくはケアマネジャー経由の患者が多かったというが、現在は病院からの紹介が半数近くに上る。退院時カンファレンスも定着した。広島市西区医師会のICTによる多職種連携システム『西区在宅あんしんネット』を活用するなど、外部の多職種との関係も良好だ。
だが、まだ課題もある。小玉さんは「広島市内は大規模病院が多く、何かあれば入院すればいい、という考え方が未だ根強いのが実情です。在宅医療を知らない方も少なくありません」と啓発の必要性に言及する。さらに、藤岡先生は「病院へのアプローチもまだ必要です」と続ける。「病院側の理解が深まってきていることは間違いありませんが、それでも在宅医療に関する共通したイメージを持てていないがために、退院時カンファレンスで話がかみ合わないことが、未だにあります」
もちろん藤岡先生の言葉に病院を責める意図はない。同クリニックでは、一部の症例に関して、自宅での様子を撮影した写真を返書というかたちで、紹介元の病院に送っているそうだ。小玉さんは「在宅側が努力すべきことは、まだまだあるのです」と言葉に力を込めた。
いずれにしても、地域にこれまで以上に貢献していくことが、同クリニックの課題といえる。天国の岡林前理事長も期待を込めて見守っているに違いない。