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かかりつけ医に必要な在宅医療の知識

かかりつけ医に必要な在宅医療の知識(第1回)

在宅や施設など要介護高齢者の生活の場における骨折への対応太田 秀樹(医療法人アスムス 理事長)

はじめに

在宅や施設など生活の場での療養者は通院困難者であって、歩行できない例が多い。一般的には転倒などが骨折の原因と考えられるが、歩行困難な要介護高齢者は転倒しなくとも骨折する。車いすからベッドへの移乗に失敗してずり落ちた、車いす移動中に段差で衝撃を受けたというような極めて軽微な外力によって、大腿骨頸部骨折や脊椎圧迫骨折が生じている。おむつ交換で大腿骨骨幹部骨折する例まで経験する。廃用によって骨の脆弱性が増し、通常と異なる受傷機転で生じた骨折は「病的骨折」と看做して対応することが妥当である。さらに認知症を伴うなど、治療への協力が困難なことも少なくない。こういった特殊性を勘案した上で、治療を行わなくてはならない(1)~4))。
骨折を理由とした安易な入院の判断によって在宅医療の目的が達成されないこともあり、高齢者施設や在宅療養者の骨折治療については、純粋な医学的視点からの入院適応の判断だけではなく、心理社会的な事情を汲んだ判断が求められる。仮に骨折したとしても、生活の場での医療を継続してゆく意義は非常に大きい。
在宅診療にかかわるのは内科系医師が多いため、整形外科を専門としない医師でも骨折管理が行えるよう、成書には記述の少ない要介護高齢者の骨折に関してお伝えする。

標準的な治療法を選択しない勇気

骨折治療の目的は、解剖学的整復位にて固定し、骨癒合を促し、機能回復をはかることである。固定にはギプスなどを用いる保存的療法と、プレートやスクリューを用いて内固定 する観血的(手術的)療法がある。しかし、本稿で対象としている要介護高齢者においては、医学的には観血的治療の適応と判断されても、認知症などで治療に協力することが難しいとなれば、仮に変形治癒しても保存的治療で十分と考えるべきである。標準的な治療に よって、生活の質(QOL)を損なう場面が多いということである。
すでに歩行困難であれば、下肢機能回復を目指す必要はなく、疼痛などの苦痛を残さな いことが加療の最も重要な目標となる。骨折治療のための日常生活動作(ADL)制限を可及的に避け、過度の安静は禁忌と考えなくてはならない。また、ギプスなど強固な外固定による不快感から不穏となり認知症が悪化するようなことがあれば、簡単な外固定、場合によっては固定がなくとも、最も安楽な肢位で局所の安静 がはかられるのだと考えている。経験的には大部分の症例で骨癒合が得られる。
整形外科専門医にゆだねる症例は、患者自身に治療法の選択が可能で、治療に協力して、回復への意欲がある患者に限られる。たとえば、大腿骨頸部骨折に対して人工骨頭置 換術を行うと、術後数日で車いすでの生活が可能となり、骨癒合を待つことなく後療法を開始できる。高齢者医療に理解ある、熟練した整形外科医であれば、短時間で侵襲少なく手 術が可能で、手術をきっかけに寝たきりとなったり、認知症が増悪したりということはない。

サチュレーションの低下で発見される骨折

認知症や、失語症などでコミュニケーションが取りづらい症例では、サチュレーション低下によって骨折が発見されることがある。
骨盤や大腿骨など体幹に近い骨折では、脂肪塞栓症候群を合併することが知られている。外傷の既往がわかれば、サチュレーション低下により脂肪塞栓症候群を疑うことは容易であるが、骨折の可能性に考えが及ばない場合のサチュレーション低下は心不全の増悪や下気道感染症として加療されている。筆者は高齢者施設での医療管理も行っているが、サチュレーション低下の報告から、大腿骨頸部骨折の診断に至る例をしばしば経験している。
こういった症例では、入院加療を選択したからといって、全身麻酔による観血的加療の適応がない。施設側や介護者の理解があれば、住み慣れた生活の場における医療の継続が患者にとっては有益である。疼痛管理を行いながら酸素療法を継続するなど、入院による保存療法に遜色のない医療が提供できる。

受傷直後の骨折診断の困難性

外傷の既往がはっきりしなくとも、腰痛を訴える症例は多い。骨粗鬆症の薬物療法の重要性を伝えるTVコマーシャルでの「いつのまにか骨折」と表現される脊椎の圧迫骨折は、円背や側彎など姿勢の変化と低身長化の原因となる。
骨折診断はレントゲン単純撮影によって行われるが、要介護高齢者の脊椎圧迫骨折や長管骨骨折診断は、臨床経験が豊富な整形外科専門医であっても読影に難渋することがある。さらに認知症など訴えに信頼が乏しいと一層厄介である。

初診時の骨折診断に苦慮した症例を提示する。
70歳代後半 女性 要介護Ⅱ/老人カートを押しながらなんとか歩行ができる。認知機能に問題はなく、強い腰痛を訴えているが、外傷の既往ははっきりしない。
初診時X -P写真から第三腰椎圧迫骨折を疑ったが(図①A)、受傷前の写真と比較しない限り、陳旧例か新鮮例かの判断は難しい。棘突起叩打痛など臨床所見から、経験的に第三腰椎の圧迫骨折を疑った。2週間後に再度レントゲンを撮影し、楔状変化を確認し(図①B)、はじめて腰椎圧迫骨折と確定診断に至る。1カ月後、さらに圧迫骨折が進行している(図①C)。

  • 図①A
    図①Aのレントゲン画像。初診時、第三腰椎圧迫骨折を疑う。
  • 図①B
    図①Bのレントゲン画像。2週間後、再度撮影し、楔状変化を確認。
  • 図①C
    図①Cのレントゲン画像。1カ月後、さらに圧迫骨折が進行。

実際の臨床の現場では、骨折があるにもかかわらず、骨折と診断されないまま、骨折に対する治療が行われていない症例と出会うことがあるが、これらの症例に大きな不利益が発生することは逆に少ない。過度な安静を指示されなければ、廃用症候群助長の予防となる。対症的な対応で十分なのである。
なお、専門医によって、骨折が否定された症例でも、疼痛が持続する場合は、骨折を疑っておくとよい。2週間程度経過をみて再度レントゲンを撮影すると診断が容易になるのは、患側の骨萎縮が進行し、骨折線がはっきりすることが多いからである。また、軟部組織の腫れも骨折を疑う根拠となる。受傷直後のレントゲンで診断されなかった大腿骨頸部骨折と橈骨遠位端骨折のレントゲンを提示する(図②③)。

  • 図②
    図②のレントゲン画像。2週間程度経過後に再度撮影し、大腿骨頸部骨折と診断。
  • 図③
    図③のレントゲン画像。2週間程度経過後に再度撮影し、橈骨遠位端骨折と診断。
まとめ

軽微な外力によって生じた骨折は「病的骨折」看做すのが妥当で、標準的治療をあてはめる必要はない。緩和ケアを優先させるべきであり、骨折治療のみに目を奪われると予後は悪い。そもそも活動性が低下している症例に、安静指示や強固な固定は不要である。転位や、変形を認めても、骨癒合が得られれば骨折治療に成功したと考えてよい。仮に偽関節形成したとしても、ADLの低下はわずかである。
施設や在宅など生活の場で療養している要介護高齢者に対する医療介入妥当性の尺度はQOLに求めるべきで、これが医療のパラダイムシフトといわれている所以である。

【文献】

1)大島伸一監修、鳥羽研二、太田秀樹ら編:これからの在宅医療―指針と実務、グリーン・プレス、東京(2016)

2)川人 明編著:今日の在宅診療、医学書院、東京(2002)

3)太田秀樹:介護保険制度と運動器障害、ModernPhysician、30(4)、509~511(2010)

4)太田秀樹ら:第2章 Ⅱ -3 転倒と骨折、在宅医療テキスト編集委員会企画・編集、在宅医療テキスト(第3版)、88~89(2015)

CLINICIAN Ê16 NO. 653 66

①腰椎レントゲン写真

A. 受傷直後

B. 2週間後

C. 1ヶ月ご

70歳代後半 女性 要介護Ⅱ/外傷の既往ははっきりしないが、強い腰痛でレントゲンを撮影。下肢の神経学的異常はない。(筆者提供画像)

②大腿骨頸部骨折レントゲン写真

A. 受傷直後

B. 6週間後

80歳代後半 女性 要介護Ⅳ/骨折部に硬化像が認められ、骨癒合が始まっている。固定などの積極的な加療を行わず、疼痛管理を中心とし経過を観察。受傷2週間後より、機械入浴を許可し、日中は車いすで過ごす。(筆者提供画像)

③橈骨遠位端骨折レントゲン写真(受傷直後)

右手関節(橈骨遠位端骨折)の受傷直後の像である。骨折線ははっきりしないが、橈骨茎状突起部軟部組織が腫脹している(同部の左右差を比較いただくとわかる)。 (筆者提供画像)

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